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2012/07/19(Thu)

不思議な・・・遊園地。(立花三丁目遊園地)

デザイナーの片岡です。
梅雨があけたとたん、すごい暑さですね!
こういう時には!という訳ではありませんが、ちょっと不思議な感じのお話しをひと
つ。(たいした事はありません。)
ぼくは、幼稚園途中まで、伊予鉄高浜横河原線の立花駅のある立花町のとなり町、中
村町に住んでいました。この遊園地(写真)は、ほんの近所でよくあそんだものです。
この遊園地は不思議なカタチをしていて間口は6~7メートルしかないのに、南北に70
メートルはあるというウナギの寝床のような遊園地です。そんな遊園地でまわりの景
色がオレンジ色になるまでよく遊びました。そんな幼少期、友達のタアくん(仮名)
が「ここを汽車が走るのをみた!」というのです。ウソかホントかそれさえ、考える
すべをもたない頭のぼくは、「すげぇ~。ええなぁ~。おれもみたいな~。」みたい
な事を二人で話した記憶があります。

p1.jpg


その後、ぼくは引越して東石井町へ移り、あの記憶から40年近く・・・。
ところで、ぼくもひょんな事で知ったのですが、みなさん、伊予鉄森松線という線路
が過去にあった事をご存知ですか。昭和40年まで蒸気機関車、その後、ディーゼル機
関車が走っていたそうです。もちろん、まだぼくもタアくんも生まれていません。こ
こでお気付きの方もいらっしゃるかもしれませんがこの公園は廃線になった線路の上
につくられたものだったのです。ずっと不思議に思っていたこの長い遊園地は、そう
いう理由からだったのです。
それにしてもタアくんがこの遊園地でみたという汽車はどんな汽車だったのでしょう。
子供の事だから、だれかにその事を聞いたのかもしれないし、想像力が豊かな子供の
空想かもしれません。本当に見たかどうかはもう確かめるすべはありませんが、二人
が遊んでいた遊園地の上を過去に汽車が走っていたという事実に、今になって不思議
な感銘をうけます。(下、片岡の想像図)

p2.jpg



松山の町並みも少しづつ変わっていきます。残るものもあればなくなってしまうもの
もあります。松山ワンコインアートのハガキにも、今はもうなくなってしまったモノ
やこれからも残しておきたいものがたくさんありますのでぜひご覧ください。

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