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2012/05/23(Wed)

尭音橋(ぎょうおんばし)

デザイナーの片岡です。
松山城を中心として、専門学校の2年をのぞく約40年近くをお城の南側で生活してきました。ぼくらの子供の時代、「北へいく」という事は「そごう」や「三越」、はたまた銀天街や大街道、まつちかのある「まちにいく」という事でして、子供にとって は一大イベント。よそ行きの服を着て、市駅行きのバスにのり石手川の鉄の橋をこえるともうワクワクした気持ちになっていたのをいまでもよく覚えています。その頃の記憶ですが、小さかったぼくに母が「この橋はえらいお坊さんが長い月日をかけ托鉢して石手川に架けた」と話してくれました。母は久万高原町、父は久谷町(浄 瑠璃寺のとなり町)の人という事で、やはり両親か、年上の方にその話を聞かされていたのでしょう。なんでも感心し、「関心」してしまうぼくは小学校の頃にこの橋を一人で見にきた事があります。あの頃をふと思い出し、すっかりおっさんになったぼくですが、あらためて尋ねてみました。


kataoka1.jpg


立花橋(尭音橋:ぎょうおんばし)は石手川と久万街道(旧R33)が交差する場所に架かる鋼鉄製のワーレントラス橋です。斜めに走る鉄骨が力強く感じます。昔程ではありませんが(バイパス開通により、国道から県道へ)、それでも交通量は多く橋の上はにぎやか。しかし、河原におりると不思議と静かです。下から見上げるとリベットが、ボルト締めの鉄板が、昭和の男ごころをくすぐります。このトラス橋自身(昭和3年9月竣工)は「尭音」さんが架けた橋ではありませんが今でも橋の北に当時の欄干と「尭音」さんの功績をたたえる供養塔が祀られています。この橋を行き交う人を木陰からそっとみているようです。


kataoka2.jpg


「尭音」さんは、1715年の山火事で焼けた第46番札所・浄瑠璃寺に、村の庄屋さんの家から出家し、再建しました。寺の復興後は、久万から松山までの遍路道が毎年の様に雨で流され、人々が困っているのを見て、なんと76歳で托鉢僧になり、全国に托鉢の旅にでて、その浄財で久万岩屋寺から松山までの街道に八つの橋をかけたそうです。その最後の橋が立花橋。石手川は特に大水の度に橋が流されたので岩国の錦帯橋の構造を元に研究し架けたそうです。現在ではその面影を知る事はできませんが、きっとすばらしい橋だったのでしょう。今では市や県の仕事とされる橋梁工事ですが、江戸の後半に仏の教えを説くだけではなく、率先して自ら社会事業に貢献し、人々の事を思い、考え、救ってきた「尭音」さん。少しだけですが偉業にふれる事ができ、松山に住んでいてよかったなと思います。建物であれ、道路であれ、人の思いがいっぱいつまったものや、人の思い出になるものが松山にはまだたくさんあります。ちょっとづつでも、これからそれにふれていけたらなぁと思います。

多分、子供を持つ親ごころで母は「・・・みたいな人の役にたつ人におなりよ」 といっていたと思いますが、その部分は今日まですっかり忘れていました。

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お知らせ

ただ今、松山市のカフェ「enowa」さんと「風味花伝」さんにおきまして「ウィズガスライフ」という四国ガスさんの広報誌を「見た!」と言った方に、ワンコインアートプロジェクトのポストカードをプレゼントしています(各店先着100名)。どちらのカフェも素敵な店主さん、素敵な雰囲気、そして体が喜ぶ美味しいお料理がありますので、この機会にぜひお立ち寄りください。
http://enowa.exblog.jp/
http://fumikaden.com/
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