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2013/05/27(Mon)

所用で梅津寺方面へ。 松山市梅津寺町(ばいしんじちょう)

デザイナーの片岡です。
ちょっと所用があって勝岡まで。いつもあの方面へいく時は堀江側からより、三津、
港山経由で海沿いをいきます。
所用の合間にいってみたかったところへいってきました。
子供の頃、詩吟(漢詩)を習っていた頃に「梅津寺町には、梅津寺という寺を中国の
坊さんが建てたそうな・・・」という話を聞いたことがありました。当時、友達や先
生に聞くとそんな話はしらないと。梅津寺には「大場久美子ショー」や遊園地、海水
浴場のきらびやかなイメージしか片岡の住んでいるところには伝わってこなかったの
で当然ですが、この歳になってふと思い出したので所用のついでに確認しにいってき
ました。

baishinji1.jpg


梅津寺町の名前の由来にもなっている「梅津寺」は高浜中学校下にある小さなお寺で
した。このお寺を創建された方は”雪广禅師”(せっけんぜんじ)という中国の僧侶
だそうです。この梅津寺とかかれた扁額(へんがく)は雪广さんの書だと教えていた
だきました。

baishinji2.jpg


雪广さんは海を渡り、紆余曲折を経て、松山藩主松平定直さんの招きで松山にこられ、
御幸寺山麓にある千秋寺に入り、宝永5年(1708年)1月6日に亡くなるまで32年を松
山で過ごされました。(上記:お墓と石門)
名僧と呼ばれる雪广さんは定直さんと二人で松山を散策し、法話を説いたそうです。
ある日、散策していた雪广さんはこの場所で立ち止まり、動こうとはしません。中国
の故郷「梅津」にあまりにその場所が似ていたためでした。定直さんはすぐにそこへ
茅葺きの家をつくったそうです。その後、故郷「梅津」には廃寺にはなっていたそう
ですが「梅津寺」があり、それをこの地で再興したそうです。「梅津寺」という名前
に、定直さんの思いやる心や雪广さんの望郷の念を感じじます。

baishinji3.jpg


梅津寺を後に、海水浴場にきてみました。ゴミがあったのでぼかしましたが潮干狩り
でしょうか?人がいます。ネットで「梅津」は中国蘇州のあたり?とでていましたの
でストリートビューでみてみました。太湖(大きな湖)があるので似ているような気
もします。

baishinji4.jpg


その後、駐車場へいくとおもしろいものを発見。この石、なんだかわかりますか?
(ヒントは、秋山好古像の近くにあります。本来は真之像の下に有るべきだと思いま
すが。答え:秋山真之、水野広徳が旅順港閉塞作戦(失敗)に使われた船を沈める時
に使われた石のあまり、だそうです。マラソンしていたおじさんが教えてくれました。
ホントかな。説明板もなにもありません。)

この後、ピートローズが脱税で社会奉仕活動(少年野球教室)をしたように、高島屋
前で「交通安全」のポケットテッシュくばりをしました。みなさんも交通ルールはま
もりましょう。

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